教訓や制度など

キーエンスと他メーカーの違い:高収益と高給の秘密に迫る

日本の製造業界において、その独自性と高い業績で注目を集める企業があります。それがキーエンスです。キーエンスは、その高収益性と業界トップクラスの給与水準で知られており、多くのビジネスパーソンや就職活動中の学生から熱い視線を浴びています。本記事では、キーエンスと他メーカーの違いに焦点を当て、その成功の秘訣や高給の理由、そして他社がなぜ同様の給与を実現できないのかを探っていきます。

最近はキーエンスに関する書籍や、「元営業」の方々の発信もあり、ある程度周知されてきている内容もあると思いますが、「元開発」というのはあまり見られません。そういった切り口も踏まえて、数々の会社を渡り歩いた経験をもとにキーエンスについて紐解いていこうと思います。

キーエンスの高収益の秘密

ビジネスモデル

キーエンスは、工場自動化のためのセンサや測定機器、画像処理装置などの開発・販売を手掛けています。

しかし、他の製造メーカーと大きく異なる点は、「ファブレスメーカー」であることです。自社で製造工場を持たず、生産は外部のパートナー企業に委託しています。これにより、巨額の設備投資や固定費を削減し、経営資源を研究開発と営業活動に集中させることが可能となっています。

これまでのメーカーは「多ロット小品種」、つまり少ない種類の製品を大量に生産することでコストダウンを図り、収益を得ていました。この手法はスケールメリットを活かせる一方で、市場の需要変動に弱く、在庫リスクも高いという側面があります。大手メーカーはその資金力を背景に、多数の製品を大量にラインナップし、市場をリードしていました。

しかし近年では、「小ロット多品種」生産が増えており、顧客の多様なニーズに迅速に対応することが求められています。それに伴い、ファブレスメーカーも戦略を多様化してきており、単に「ファブレス」であるだけでは差別化が難しくなってきています。キーエンスはこの中で、独自の高付加価値製品と直接販売体制を武器に、他社との差別化を図っています。

高付加価値製品の提供

キーエンスは、一般消費者市場とは異なるBtoB市場であるFA(ファクトリーオートメーション)用途の製品を手掛けています。一般消費者向け製品は大量生産・大量消費が前提で、価格競争が激しく、製品の差別化が難しいため利益率が低くなりがちです。また、トレンドの変化や消費者の嗜好に左右されやすく、在庫リスクやマーケティングコストも高い傾向があります。

一方、キーエンスの製品は企業の生産現場が抱える課題を解決するための高度な技術とソリューションを提供しています。これらの製品は汎用品ではなく、顧客のニーズに合わせたカスタマイズが求められるため、高い専門性と付加価値を持っています。BtoB市場では、価格よりも製品の性能や信頼性、サポート体制が重視されるため、キーエンスは価格競争に巻き込まれることなく高い利益率を維持しています。

このように、高付加価値製品を提供することで他メーカーとの差別化を図り、高収益を実現しています。

直接販売体制と顧客密着型営業

キーエンスのもう一つの大きな特徴は、販売代理店を介さない直接販売体制をとっていることです。これにより、顧客の要望や市場のニーズを迅速に把握し、製品開発やサービスに反映させることができます。高度な専門知識を持つ営業担当者が、技術的な提案を行い、顧客の課題解決に深く関与することで、顧客との信頼関係を築き、長期的な取引につなげています。

また、直接販売体制は中間マージンを削減できるため、利益率の向上にも寄与しています。顧客密着型の営業活動により、市場の変化に柔軟に対応し、常に最適なソリューションを提供できる体制を構築しています。

ニッチな領域に高付加価値製品を送り出すことと、直販と信頼関係が利益を生んでいます

なぜキーエンスは高給なのか

ネットでは、「ブラックなんじゃないのか」といった言説がしばしば見受けられます。少なくとも、私が所属していた開発部門はブラック要素は欠片もありませんでした。帰宅時間にリミットが設けられ、時間が来ると警備員がやってきて帰されたほどです。

もちろん高給であるがゆえの責任は発生します。その責任に耐えられなかった人はどうしてもドロップアウトしてしまい、そういった人たちが「キツかった」と言っているのではないかと思っています。

そしてよくある誤解が「全員高給である」ということです。

キーエンスは平均年収が高い企業ですが、給与を決める「等級」が8段階あります。上位3等級の給与が尋常ではないので平均を引っ張り上げているのです。(その他の等級の給与が「安い」という意味ではありません)

その上位3等級は全社社員の10%程度しか辿り着けません。強烈な成果主義のため、そのハードルは高いですが、それを「やりがい」と受け取れる人が勝ち残るといえるでしょう。

人件費は経費ではない

創業者が標榜したのが「人件費は経費にあらず」です。多くの企業では、人件費は「圧縮すべき無駄な費用」であると認識されているように思います。人件費は、すなわち給与です。

しかしキーエンスでは人件費は投資であり、それ以上のリターンをもたらすものという考え方があります。給与は業績に完全に連動しており、リターンを生めなかった時は全社で給与が下がります

必然的に、個人の業績に対する関心が上がり、どうすればいいかを自発的に考え、利益が生み出され、給与が上がり、モチベーションにつながるという正のフィードバックが常に働いているのです。

給与が高いと、勝手に優秀な人材が集まります。キーエンスの強固な組織はこうして培われているのです。

成果主義の徹底

先に述べたとおり、キーエンスの給与体系は完全な成果主義に基づいています。個人の売上や貢献度がダイレクトに評価され、それが給与やボーナスに反映されます。

このシステムにより、社員一人ひとりが高い目標意識とモチベーションを持って業務に取り組む環境が整っています。

上司に気に入られた人が昇進する、という会社をたくさん見てきましたが、そういう組織は例外なく腐敗していました。高い給与を得ている人が必ずしも成果を上げていない、というのは部下の立場から見ると最悪です。これは今の日本企業の病気だと私は思います。

組織のスリム化と高効率運営

キーエンスの本社ビルのフロアには「少数精鋭」と書かれた紙が貼られています。

組織の無駄を排除し、少数精鋭で事業を展開しています。これにより、人件費を最適化しつつ、社員一人当たりの生産性を高めています。高い生産性が高収益を生み出し、それが高給与の原資となっています。部門構成も非常にシンプルです。

なぜ多くの企業の給与が上がらないのか

この章は私の考察を多分に含みます。キーエンスの内部と、これまで渡り歩いてきた会社の内部を比べた結果感じたことです。参考になれば幸いです。

伝統的な企業文化と制度

多くの日本の製造メーカーは、年功序列終身雇用といった伝統的な雇用形態を維持しており、かなり保守的です。この制度では、社員の年齢や在籍年数が給与に大きく影響し、個々の成果が十分に反映されにくい傾向があります。そのため、若手社員が大幅な給与アップを期待するのは難しい状況です。

その一方で、成果主義やジョブ型雇用というような、一見新しいことに取り組んでいるような企業も散見されます。これは結果として「給与を上げない理由」を経営者に与えているのが実情だと思います。企業価値や企業業績は上がっているのに給与が上がっていないのがその証左です。

経営層がチャレンジせずに保守に走れば、こうなるのは自明です。

さらに大学生が学業を一時放棄して行う一斉就職活動は、もはや罪だと思います。

市場競争と価格プレッシャー

グローバル化の進展により、国内外の企業との競争が激化しています。価格競争に巻き込まれ、製品の利益率が低下する中で、給与を引き上げるのは容易ではありません。特に大量生産品を扱うメーカーほど、その傾向が強くなります。

利益が圧迫されている中で、新しい人事制度を取り入れるなどの改革は困難でしょう。結果として人件費は経費とみなされ、圧迫の対象となります。

大規模な固定費と資本投資

大規模な設備投資が行われた時代から、かなりの年月が経過しています。企業としては設備を更新したいところですが、このような大規模な投資を、融資によって行うのはリスクがあります。

そのリスク回避のために内部留保の確保を目指します。こういった安易な経営が、賃金上昇に蓋をしているのです。

一斉就職活動の弊害で大企業がブランド化し、中小企業に人が流れない状況が続いています。「人材不足」と言われて久しい時代ですが、人材側も中小企業を選ばないのです。挑戦的な経営と社会的慣習の改革がなければ、賃金の底上げは難しいでしょう。

おわりに

キーエンスと他メーカーの違いを見てきましたが、その背景にはビジネスモデルの革新性企業文化の違いがあります。キーエンスの成功は、一朝一夕で築かれたものではなく、戦略的な選択と実行の結果です。他のメーカーが同じような道を歩むには、多くの課題が存在しますが、変革のヒントも隠されています。

製造業界に携わる方や就職を考えている方は、これらの違いを理解し、自身のキャリアや企業選びの参考にしてみてください。

キーエンスに実際にいる人をモデルに、求められている人材像もいずれ記事にしようと思っています。

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